【信長マップ】全国制覇はこれで決まりだ!(後編)



【信長マップ】全国制覇はこれで決まりだ!(後編)

信長を追って近江を旅する[滋賀県]

信長を追って近江を旅する[滋賀県] 美濃、尾張を統一した信長は本格的に天下を取るため、拠点を岐阜から滋賀へと移した。その本拠地となったのが「安土城」である。1579年、信長は近江(現在の滋賀県)にある琵琶湖の東岸に位置する安土山に城を築き、天下統一を進めていくのだが・・・

[始点]
滋賀[始点]
■安土城跡(住所:滋賀県蒲生郡安土町下豊浦)
安土城跡(住所:滋賀県蒲生郡安土町下豊浦)
↓1576〜1579年にかけて信長が築いた城である。岐阜城から住まいを移した。
■安土城考古博物館(住所:滋賀県蒲生郡安土町下豊浦6678)
安土城考古博物館(住所:滋賀県蒲生郡安土町下豊浦6678)
↓今は無き「安土城」の歴史を振り返ることができる。
■ハ見寺(住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6371)
↓信長が建てた寺である。三重塔・裏門・二王門を見物することができる。
■安土城天主 信長の館(住所:滋賀県蒲生郡安土町桑実寺800番地)
安土城天主 信長の館(住所:滋賀県蒲生郡安土町桑実寺800番地)
↓信長にゆかりの深い遺品や品を展示している。
■龍亀山 西光寺(住所:滋賀県近江八幡市中村町726)
織田一族の墓
↓豊臣秀吉が安土から近江八幡に移した寺である。敷地内には信長の墓がある。
■金勝山 浄厳院(住所:近江八幡市安土町慈恩寺744)
↓安土問答が行われた寺として有名である。
■信長が茶の湯に使った湧水[梅の川](住所:近江八幡市安土町常楽寺)
↓今は面影しか残っていないが、時代を感じさせる湧き堀が歴史を感じさせる。
■姉川古戦場(住所:滋賀県長浜市野村町)
↓「姉川の戦い」合戦地跡。徳川家康と共に、朝倉軍、浅井軍と戦った。
[終着]計8ヶ所の史跡

信長はその風貌に似合わず、お茶が趣味だったという。お茶に欠かせない物と言えば、「茶菓子」である。
そこで、近江、安土に馴染みの深いお菓子を、いくつかご紹介させていただきたいと思う。
いくらせっかちな信長と言えども、しばしのお茶休憩くらいはしたであろうから。

【安土周辺】
まけずの鍔(販売店:御菓子司-万吾樓) ■まけずの鍔(販売店:御菓子司 万吾樓

必勝祈願の縁起物として安土名物となっている最中(もなか)である。
その他にも、「信長軍パイ」、安土問答をモチーフに造られている「でっち羊羹」、「安土もも山」などが販売されている。

【近江八幡】
バームクーヘン(販売店:クラブハリエ 日牟禮館) ■バームクーヘン(販売店:クラブハリエ 日牟禮館

1951年に創業。焼きたてのバームクーヘンはファンを虜にして止まないという。店内はカフェになっており、バームクーヘンを造る工程を見学できるようになっている。

■甘味処 たねや日牟禮茶屋(ひむれちゃや)
店内はカフェになっており、焼きたてのバームクーヘンをはじめ、趣向を凝らした数種類の洋菓子を食べることができる。店内から四季の花々を眺めることができ、こころ和むひと時を演出してくれるだろう。

信長を追って京の都を旅する[京都府]

信長を追って京の都を旅する[京都府] 1582年6月1日の出来事である。毛利攻めをしていた羽柴秀吉(豊臣秀吉)への援軍を明智光秀に命じるのである。当時、光秀は信長の家臣として有名な武将の一人であった。
時を同じくして信長は、100名の兵と共に安土城を出て「本能寺」へ向かうのである。
その頃、光秀は、丹波亀山城(現在の京都府の亀岡地方)から1万2千〜5千の軍を率いて備中高松城(現在の岡山県の高松地方)へと向けて軍を進めていた。ところが、京都の国境を越えたあたりで、京都方面へと引き返すのである。
1582年6月2日の朝方、信長の就寝中、明智秀満の軍と斎藤利三の軍に本能寺を包囲され攻撃を受けるのである。これが史実に残さている「本能寺の変」である。
異変に気づいた信長は側近の森蘭丸に、「何者の仕業だ?!」と訪ね、蘭丸は「明智光秀が裏切ったのでございます!」と答えた。信長は「是非に及ばず」とだけ言い残し、明智軍との戦いに応戦するのであった。しかし、10倍以上もある明智軍の兵力に勝てるはずもなく本能寺に信長自ら火を放ち、そのあと自らの命も絶った。享年49歳であった。
天下統一を目の前にして、明智光秀の裏切りにより信長は無念の死を遂げるのである。

[始点]
京都[始点]
■旧本能寺跡(住所:京都市中京区蛸薬師通 油小路東入元本能寺南町付近)
旧本能寺跡(住所:京都市中京区蛸薬師通-油小路東入元本能寺南町付近)
↓1582年6月2日朝方に起きた「本能寺の変」の舞台である。
■本能寺(住所:京都市中京区寺町通御池下る下本能寺前町522)
本能寺(住所:京都市中京区寺町通御池下る下本能寺前町522)
↓織田信長廟・織田信長の墓・本能寺ノ変戦没者合祀墓が祀られている。
■信長の首洗い井(住所:京都市中京区六角通新町西入西六角町109)
↓京都逓信病院敷地内に位置する史跡、信長の首を洗ったと言われる池跡である。
■阿弥陀寺(住所:京都市上京区寺町今出川上ル鶴山町14)
↓阿弥陀寺の住職清玉上人が建てた寺で、信長、信忠、森3兄弟の墓がある。
■旧二条城(住所:京都市上京区烏丸下立売通室町角)
↓京都上洛の際、足利義昭のために作られた城である。今は跡地となっている。
■妙心寺玉鳳院(住所:京都市右京区花園妙心寺町1)
↓織田信長、信忠父子の供養塔が祀られている。
■大雲院(住所:京都市東山区祇園町南側594-1 円山公園音楽堂の西側)
↓織田信長、信忠父子の供養塔が祀られている。
■建勲神社(たけいさお)(住所:北区紫野北舟岡町49)
↓織田信長が祭神として祀られている寺。
■大徳寺総見院(住所:京都市北区紫野大徳寺町59)
大徳寺総見院(住所:京都市北区紫野大徳寺町59)
↓土塀と鐘楼が見物でき、織田信長と一族の墓が建てられている。
[終着]計9ヶ所の史跡

京都観光といえば寺や神社、京菓子であるが旅の終わりに見ておきたいものが「京土産(みやげ)」である。八橋や豆大福、あぶらとり紙など有名であるが、少し変わった土産物をここではご紹介させていただきたいと思う。

■子育て幽霊飴(こそだてゆうれいあめ)
子育て幽霊飴(こそだてゆうれいあめ)

■二條若狭屋「家喜芋(やきいも)かご入ふきんセット」

■三條若狭屋「祇園ちご餅」
三條若狭屋「祇園ちご餅」

■阿闍梨餅本舗「阿闍梨餅」

■一保堂茶舗「お茶の葉」

■原了郭「黒七味」
原了郭「黒七味

■本能寺門前 鳩居堂「お香」

■裏具「文具」

最後に

※車移動でサンプルを作成
最後に

1日目[岐阜] 1日目[愛知→岐阜]
■那古野城跡地→■名古屋城→■熱田神宮「信長塀」→■清洲城→■清洲公園→■小牧城→岐阜県へ移動(長良川温泉で宿を決める)
【メモ】お昼ご飯に「あつた蓬莱軒でひつまぶし」を食べる。

2日目[岐阜] 2日目[岐阜]
■岐阜城→■岐阜公園→■金華山ロープウェイ■道三塚→■円徳寺→■安養山 光得寺
【メモ】2日目も岐阜県に宿泊。「鳥羽温泉郷」で温泉を満喫する。

3日目[岐阜] 3日目[岐阜→滋賀]
■安土城跡■安土城考古博物館■ハ見寺■安土城天主 信長の館■龍亀山 西光寺→京都へ移動(中京区周辺で宿を決める)
【メモ】「クラブハリエ」でバームクーヘンを買う。時間があったらお茶する。

4日目[岐阜] 4日目[京都]
■旧本能寺跡→■本能寺→■信長の首洗い井→■阿弥陀寺→■旧二条城→[終わり]
【メモ】本能寺で鳩居堂の「お香」を買う。一保堂茶舗「お茶の葉」と原了郭「黒七味」を買って帰る。二條若狭屋「家喜芋(やきいも)かご入ふきんセット」は友達のお土産。

4日目[岐阜] いかがだろうか。こうすると、スケジューリングも少しはしやすくならないだろうか。
あくまでサンプルとしてご紹介させていただいたが、自分なりのマップを作り、より良い史跡巡りを楽しんでいただきたいと願う。旅のお供になれば幸いである。