仙台、松島、青根を旅して政宗ゆかりの史跡を辿る



仙台、松島、青根を旅して政宗ゆかりの史跡を辿る

初代仙台藩主「伊達政宗」

初代仙台藩主「伊達政宗」 政宗の代名詞となる城が「仙台城」である。1601年に仙台城(青葉城)を築くと、住まいを仙台へと移す。と同時に仙台藩が設立され初代当主は仙台城主である伊達政宗が務めることとなった。60万石仙台藩の誕生である。
城を築いた政宗はその後の生涯を仙台で過ごすこととなる。政宗の魂が眠る「瑞鳳殿」や、伊達家の守護神を祀り創建した「大崎八幡宮」などは政宗と縁の深い名所となっている。
また、「愛宕神社」は米沢を本拠地としていたが、政宗が仙台入城に合わせ城下を一望できる愛宕山へと遷宮した神社である。

「伊達男」伝説

「伊達男」伝説 政宗といえば「伊達男」の由来となった張本人である。
1591年に小田原城参陣を終え、翌年には秀吉より朝鮮出兵の指令が下る。条件とし、1500人の兵を率いて参陣することとの申し出であった。京都へと集合を命じられた政宗は同年2月13日に京都へと到着した。そして3月17日、秀吉より出陣命令が出される。
一番隊として列を作り京都の町を行進したのが前田利家の軍であった。それに合わせ二番隊には徳川家康が続いた。そして三番隊に政宗の率いる伊達軍が参列するのであった。
出陣する兵を見送るのには慣れていた京都の町人も、この日ばかりは少し様子が違った。それもそのはず、政宗の軍は一番隊に紺色の布に金の日の丸を描いた旗を30本。二番隊は100挺の銃をかついだ鉄砲隊。
三番隊は弓矢隊を50騎、四番隊は百本の朱塗りの槍を持った兵で、皆が揃って黒の下地に朱塗を散りばめた具足を付け、金箔塗りの刀を装備し、脇差の小刀は銀箔塗りで施されており、高さ三尺(91cm)の金色のとんがり笠をかぶっていたのである。さらに五番隊の馬隊30騎は黒鎧と金色の三日月が付いた兜で装備していた。
伊達軍の豪華さと派手さに驚愕した町人は、「あれはどこの大名じゃ?」「伊達じゃ、伊達の者たちじゃ」と口を揃えて歓声を浴びせたという。
これが語源となり、派手な出で立ちや洒落の効いた装いの人のことを「伊達男」と呼ぶようになったという。

仙台城下で政宗を辿る

仙台城(青葉城)
仙台城(青葉城)

住所:宮城県仙台市青葉区川内1
お問合せ先:022-214-8259(観光課まで)

青葉山に城を構えたことから別名を「青葉城」ともいう。
1601年、政宗が35歳の時に仙台藩初代当主として仙台藩の拠点場所でもある。

■金剛宝山輪王寺
金剛宝山輪王寺
住所:宮城県仙台市青葉区北山1-14-1
お問合せ先:022-234-5327(社務室まで)

もとは福島県に建てられていた寺であるが、政宗の仙台入城に合わせて現在の地へと移された。1441年、蘭庭明玉禅尼の希望により11代伊達持宗が太菴梵守和尚を住職として創建された寺で、伊達家にゆかりの深い寺院となっている。

瑞鳳殿
瑞鳳殿
住所:宮城県仙台市青葉区霊屋下23-2
お問合せ先:022-262-6250(管理局まで)

政宗の遺言により1637年に創建された政宗の遺骸が葬られている墓所である。1931年に国宝に指定されたが、戦災により焼失し墓所の発掘調査後、1979年に再建された。その後再建された二代藩主伊達忠宗の「感仙殿」、三代藩主伊達綱宗の「善応殿」と共に伊達家3代の霊屋を見ることができる。至るところに極彩色の彫刻などが施されており、豪華絢爛な桃山様式を楽しむことができる。併設の資料館では発掘時の記録映像を紹介し、復元された等身大の政宗像や関連資料等を展示してある。

■大崎八幡宮
大崎八幡宮
住所:宮城県仙台市青葉区八幡4-6-1
お問合せ先:022-234-3606(社務室まで)

伊達家の守護神を祀り政宗が造営した神社である。
歴代の仙台藩主により奉納された建造物等が数多く残り、国の重要文化財に指定されている。また社殿は、現存する最古の権現造(神社建設様式のひとつ)として国宝に指定されている。

愛宕神社
愛宕神社
住所:宮城県仙台市太白区向山4-17-1
お問合せ先:022-223-6096(社務室まで)

愛宕神社は米沢を本拠地としていたが、1603年に政宗の仙台入城に合わせ城下を一望できる愛宕山へと遷宮した神社である。楼門の両袖には、日本最大の天狗の座像があり「愛宕大神の使者」であるといわれている。

■薬師堂
薬師堂
住所:宮城県仙台市若林区木ノ下3-8-1
お問合せ先:022-291-2840(社務室まで)

1605年から3年の月日をかけて政宗が造営した寺である。仁王門、鐘楼などがある。薬師寺堂は国の重要文化財にも指定されており、仙台市最古の本瓦を用いた建造物となっている。

日本三景「松島」で政宗の幻影を辿る

瑞巌寺
瑞巌寺
住所:宮城県宮城郡松島町松島字町内91
お問合せ先:022-354-2023(社務室まで)

政宗が5年の歳月をかけて1604年に創建した寺である。正室、愛姫の霊園があり政宗の魂を弔った場所でもある。隣接する宝物館には伊達家にまつわる貯蔵品が数多く展示されている。

■五大堂
五大堂
住所:宮城県宮城郡松島町松島字町内111
お問合せ先:022-354-2618(観光協会まで)

1604年に創建された寺で、政宗が仙台藩主として最初に手がけた建造物でもある。
紀州(和歌山)の鶴衛門家次に命じて建築させ、五大明王像を安置されている。数年後に
完成する瑞巌寺の守護(守り神)がこの五大堂の役目と伝えられている。

観瀾亭
観瀾亭
住所:宮城県宮城郡松島町松島町内56
お問合せ先:022-353-3355(松島博物館まで)

文禄年中に豊臣秀吉から伊達政宗が拝領した伏見桃山城の一棟で、江戸品川の藩邸に移築したものを仙台藩主二代目の忠宗が「一木一石変えず(そっくりそのまま)」現在の場所に移したものと伝えられる。
またこの付近は月見崎と呼ばれ、観瀾亭が移される依然にも政宗が休息所を構えていた場所でもある。

仙台藩の保養温泉「青根御殿」

仙台藩の保養温泉「青根御殿」

■湯元 不忘閣(青根御殿)
湯元 不忘閣(青根御殿)
住所:宮城県柴田郡川崎町青根温泉1-1
お問合せ先:022-487-2011(松島博物館まで)

青根温泉は1528年に開湯した温泉である。「アオヌキの木の根元から温泉が湧き出した」ことから青根温泉と呼ばれている。湯元不忘閣はその青根温泉にある温泉宿。
江戸時代には仙台藩の御殿湯が置かれ、政宗が宿泊した「青葉御殿」が450年の時を超えて今もなお健在している。政宗が入湯したと伝わる「新湯」の石風呂は、政宗と現代を結ぶタイムカプセルのような貴重な名所である。

最後に

政宗にゆかりの深い場所をご紹介させていただいたのだが、いかがだろうか。少しは旅の参考になれば幸いである。
しかし、全てを網羅するには時間と手間が必要となる。そこで、自分なりにマップを作って計画すると、少しは効率良くなるのではないだろうか。
ここでご紹介させていただいた情報が、効率的なスケジューリングの足しに少しでもなれば実に幸いである。